2007年1月15日月曜日

陽虎

春秋戦国時代きっての奸雄・大悪党と呼ばれているのが「陽虎」である。論語では{陽貨}で登場するが、孔子はこの陽虎が苦手であったというより似たもの同志であり宿敵であり受け入れがたかったようだ。白川静氏は、孔子の幻影であったと述べている。魯において武力と政治力で陽虎がやろうとして失敗したことを、孔子も策略でもって行なおうとして同じように失敗するのである。陽虎は容貌がかなり孔子に似ていたとも言われている。その為、放浪時に間違えられて、孔子は殺されそうになっている。{史記によればだが}



「論語」陽貨篇の冒頭に二人の対面シーンが描かれているのだが、それはそれはおもしろ。何故かと言うと、陽虎の問いに孔子はぐうの音もでない有様で、すかしているからだ。



陽貨欲見孔子、孔子不見、歸孔子豚、孔子時其亡也、而往拝之、遇諸塗、謂孔子曰、來、予與爾言、曰、懷其寳而迷其邦、可謂仁乎、曰、不可、好從事而亟失時、可謂知乎、曰、不可、日月逝矣、歳不我與、孔子曰、諾、吾將仕矣



陽虎が孔子に面会しようとしたが、孔子は避けて絶対に会わなかった。そこで陽虎は(「礼」を罠に使う)孔子に蒸し焼きにした豚を贈った。(地位あるものの贈り物には、必ず参上して挨拶を返すのが礼である)孔子は陽虎の留守を見計らって、返礼に出かけたが、途中で出くわしてしまった。いわるゆ待ち伏せってやつだ。

陽虎が言う。
「来なさい。私はあなたと話がしたいのだ。孔先生はせっかく宝をもちながらも役立てず、国を乱れたままにして仁といえますか?」



孔子「否、もちろん言えない。」



陽虎はさらに言う。



政治に興味がありながら度々その機会を逃して智といえますかな?」



孔子「否、もちろん言えない。」



陽虎は続けて言う。



「月日は去り行く、歳月は待ってはくれないものだ。私に仕えてはみぬか?」

子は言った。
「分かりました、ご奉公しましょう。」

しかし、孔子は陽虎に仕えていない。白川氏は、一歩間違えば孔子は理想態からはずれ陽虎になってしまう。それをとにかく恐れていたと述べている。しかし「論語」にちゃんとこの篇があるのが不思議だ。いずれにしても、宿命のライバルは、こんな時代からあったのだと思うとおもしろい。陽虎は魯の失脚後も晋の趙鞅の覚えめでたく庇護を受けている。陽虎もまたすぐれた巫師であったのだろう。悪党だが中々恰好いい。







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