2007年12月31日月曜日

ほめたたえよ ~ モーツァルトを語る 第39弾

Photo 第39弾は、「ヴェスペレ「証聖者の盛儀晩課」 Vesperae Solennes de Confessore ハ長調」から第4曲・第5曲をお届けする。ヴェスペレとは、カトリック教会で信徒が集うミサの他に、聖職者が行なう1日8回の聖務日課の内、日没時に行われる祈り(晩課)のことで、宗教音楽の歴史上ミサに次ぐものだ。「ヴェスペレ」の歌詞はラテン語だが,ミサ通常文ではなく,旧約聖書からのいくつかの詩篇(psalms)に加え,最後に新約「ルカ福音書」からの聖母マリアによる賛歌「マニフィカト」に作曲するという形式が決まっていた。 以下がその6曲である。



第1曲 ディクシト。(主は言われる) ハ長調 



第2曲 コンフィテボル。(主をほめまつる) 変ホ長調



第3曲 ベアートゥス・ヴィル。(幸いなるかな ) ト長調



第4曲 ラウダーテ・プエリ。(ほめたたえよ) ニ短調



第5曲 ラウダーテ・ドミヌム。(主をほめたたえよ) ヘ長調



第6曲 マニフィカト。(吾が魂は主をあがめ) ハ長調 



全ての章は、次の歌詞で終わる。



Gloria Patri, et Filio, et Spiritui Sancto.   



父と子と聖霊に栄光あれ。
Sicut erat in principio, et nunc, et semper,   



始めにありしごとく,いまも いつも,
et saecula saeculorum. Amen.   



世々限りなく。アーメン。



さて第4曲の減七度歩行の主題にもとづくフーガは、聴くものを虜にする。そしてK387の第4楽章で見せたポリフォニーとホモフォニーの結合はここにも見られる。第5曲のソプラノソロは、上質のアリアのようだ。また合唱のメロディーはこの上なき優しさに包まれており、最後のAmenはまさに天上の音楽と感じるのは私だけだろうか。



アルフレッド・アインシュタイン「モーツァルトのこのような楽曲を知らない者は、モーツァルトを知る者とは言えない。」



それでは聴いて下さい。



mozart_k.339 4. Laudate Pueri.mp3 (クリック)



mozart_k.339 5. Laudate Dominum.mp3 (クリック)



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Mozart_ 46 Symphonies

年末で、昨日自宅へ。今年は、暦の関係で6日間も正月休みがある。ラッキー。今日は当然の大掃除。合間に久しぶりにitunesを開いて、暫く見ているといい物を発見!!



ベルリンフィル・カール・ベーム /Mozart 46Symphonies」



なんと丸ごとダウンロード1,500円。もちろん早速、購入。非常に得した気分。



46編は、1番・4番~36番・38番~47番・55番・旧ランバッハ+新ランバッハ(レオポルド作)。



レビューによると昔は、32、000円もしていたらしい。



2007年12月30日日曜日

呂蒙

Photo_2 「呉下の阿蒙」「括目」で有名な三国時代の呉の知将「呂蒙」を描いた本がまたまたPHP文庫からでた。読む。 呂蒙は、蜀好きの三国志ファンには痛い存在だ。かの関羽将軍を見事な計略で追い詰め討ち取った知将だからだ。呉の兵権は、周瑜・魯粛・呂蒙・陸遜と受け継がれていくのだが、呂蒙は元々武勇の士であった。教養は全くといってよいほど無かった。しかし、孫権から教養の大切さを諭されて勉学に励んだ。これにより軍略も身に着けた。全くの庶民であったことからもその有能さがわかる。三国志演義では、関羽の亡霊により、全身の穴という穴から血を吹いて死んだとされているが、関羽討伐時に既に病魔に侵されていたのが真実らしい。彼は、陸遜を自分の後継に指名して病死する。私は、ここでも登場する甘寧が呉の将軍の中では好きだ。



2007年12月24日月曜日

ナショナル・トレジャー~リンカーン暗殺者の日記

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映画「ナショナルトレジャー~リンカーン暗殺者の日記」を観に出かけた。謎解きアドベンチャー物は結構好きだ。一作目も観たが正直、一作目の方がよかったような気がする。確かにおもしろかったが、たぶん謎解きのテンポが速すぎて、一緒に考える時間がなく、ドキドキ感が少なかったからではないかと思う。そもそも2作目の予定はなかったらしい。とりあえず、今から日曜洋画劇場でもう一度第1作目をみるとしよう。それにしても、アビゲイル役のダイアン・クルーガーは、知的な美人だ。「トロイ」を見たときからファンだ。



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さて、この映画の配役の名前は、第1作目のキーワードにあわせて決められていることがわかる。1作目は、合衆国独立宣言書が鍵となってるのだが、その起草に参加したのは、ベンジャミン・フランクリン(100$紙幣に肖像)やジョン・アダムス(第2代大統領)だが、主役のベン・ゲイツのフルネームは、ベンジャミン・フランクリン・ゲイツ、そしてアビゲイルは、ジョン・アダムスの妻の名前だからだ。ちなみに、アビゲイルの元は、旧約聖書に登場する、ナバルの妻にしてダビデの妻「アビガイル」。~男の名はナバルで、妻の名はアビガイルと言った。妻は聡明で美しかったが、夫は頑固で行状が悪かった。~旧約聖書 『サムエル記上』25章3節。、まさに知的美女か。そしてダビデ→ソロモン→テンプル騎士団というわけだ。考えすぎか??







2007年12月23日日曜日

空に舞う蝶 ~ モーツァルトを語る 第38弾

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第38弾は、「フルート四重奏曲第1番 ニ長調 K285」。以前にも何度か書いたが、フルートはモーツァルトが嫌いで、我慢のならない楽器だったそうだ。でも本当だろうか。モーツァルトのフルートの曲はどれもすばらしいのだ。このフルート四重奏曲、フルート協奏曲K314、フルートとハープのための協奏曲K299、魔笛での主役級の使い方などなど。とてもいやいやで作り上げたなんて思えない。



さてK285だが、優しく頬をなでる風のように爽やかなアレグロの出だしに、思わず空を見上げたくなるのは私だけだろうか。喜びを素直に表現したくなるメロディー。でもモーツァルトは、喜びはいつまでも続かないと教える。短調への移行、でもまた長調へ。喜びと切なさで揺れ動く心を表わしたような展開。第二楽章、ロ短調のアダージョは、えもいえぬ美しさだ。アンリ・ゲオンは「蝶が夢想している。それはあまりにも高く飛び舞うので、紺碧の空に溶けてしまう。」と書いているが、聴いていてその映像が浮かんできそうだ。ピチカートに支えられ{紙で作られた蝶}が空へ消えてゆく。これはフルートでしかなしえない映像だと思う。



それでは、聴いてください。



1allegro_quartet_k.285, in D (クリック)



2_adagio_quartet_k.285, in D (クリック)





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2007年12月21日金曜日

珍妃の井戸

Photo 浅田次郎「珍妃の井戸」を読み終えた。芥川龍之介の小説に「藪の中」というのがある。ご存知、黒澤明監督の「羅生門」の下敷きとなった小説だ。「藪の中」というの言葉は、この小説から今では真相がはっきりしない事を表現する言葉として残っている。さて「藪の中」では検非遺使に問われたる木こりをはじめ死霊も含め7人の証言者が登場し、殺人事件の経緯を話すが、皆言い分が食い違っており、結局のところ真相は有耶無耶のままという物語だ。「珍妃の井戸」は、まさにこの芥川のミステリー構成を模して作られている。証言者7人までもが同数である。



列強諸国に蹂躙され荒廃した清朝末期。かの西太后の命により井戸に放り込まれたとされる光諸帝の寵妃「珍妃」。彼女は、真に一体誰れに殺されたのか?食い違う証言の数々。登場人物は歴史上の有名人。どれも説得力がありおもしろい。しかし真相は・・・・・。





2007年12月15日土曜日

二人のガスコン

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佐藤賢一「二人のガスコン 上中下」読み終える。ガスコンとは、フランス南西部・ピレネー山麓一帯のガスコーニュ地方出身者のことを言うらしい。ここに登場する二人のガスコンとは、一人はアレクサンドル・デュマの『三銃士』をはじめとする<ダルタニャン物語>の主人公であるシャルル・ダルタニャン。いま一人はエドモン・ロスタンの戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』の主人公として名を残すシラノ・ドゥ・ベルジュラックである。この冒険フィクション活劇は、「ダルタニャン物語」第一部『三銃士』と第二部『二十年後』のちょうど真ん中に辺りを時代背景にしている。そして、第三部『ブラジュロンヌ子爵』に登場するかの鉄仮面のエピソードも盛り込んだ長編物語だ。「三銃士」「シラノ・・」を読んでいないと少し面白みにかけるかもしれない。フランスでも最も文学的英雄として人気のある二人を登場させ展開してゆく活劇は痛快この上ない。この二人、確かに調べると同時代に存在していたらしいが、二つの物語をうまく絡めながら、二代作品のその後の二人の生き様、心の襞を描いている点がまた面白さを増している。



かの栄光の銃士隊が解散され数年後、ダルタニャンは大宰相リシュリュー枢機卿の後継者マザラン枢機卿の密偵として、鬱々とした日々を送っている。正義感に燃える若き銃士の姿はもうそこにはない。フランス中に馳せたその勇名も、今ではイタリア人宰相「マザラン犬」と嘲られるばかり。粛々と任務を果たしていくダルタニャン。しかし心はすっかり荒みきっていた。しかし戦場視察から舞い戻ったダルタニャンは、怪傑マザランから奇妙な指令を受ける。かつてダルタニャンら国王付き銃士隊とことあるごとに反目し合っていた宰相付き銃士隊を率い、数年前に前線で没していたフランソワ・ドゥ・カヴォワの遺児・マリーを監視せよ、というのだ。反骨の文人にして哲学者剣士シラノ・ドゥ・ベルジュラックを相棒に迎え、互いにお互いの今の姿を罵りあいながら謎の使命を遂行していくさなか、二人はフランスの王位継承をめぐる壮大な陰謀の事実に気づく。・・・・・・さあ結末はいかに。





2007年12月10日月曜日

日南のモアイ

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今日は、かみさんと日南海岸へでかけた。朝方は雲が多かったが、昼過ぎから青空も出てきた。まずは、青島へ。実は私も初めてだ。神社へお参りにゆき、お土産に「ねずみの土鈴」を買った。来年は子年。そして年男だ。そのあとモアイ像が海に向かって立ち並ぶ「サンメッセ日南」へ。まさに太平洋一望。高台へ立つと地球が丸いのがわかる。イースター島から世界で唯一完全復刻を許された<モアイ像>がおもしろい。そして「鵜戸神宮」へ。鵜戸神宮は日本神話に語られる山幸彦・海幸彦の伝説の舞台となった場所として知られる。神武天皇の父である鵜葺屋葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)を祭っている。



Udojingu06 Udojingu07ここで有名なのは「運玉投げ」だ。磯辺の奇岩群亀の形をした亀石の背の部分には注連縄で囲まれた桝形の窪みがあり、それをめがけて「運玉」を投げ入れ、見事に中に入れば願い事が叶うという 「運玉」は5個ワンセット(100円)で購入し、男性は左手で、女性は右手で、願い事をしながら桝形をめがけて投げる。やってみた。「なっちゃん大学見事合格しますように!」みごと窪みへ。よし、合格お墨付きだ。



最後は、苔むした城壁に磨り減った石段、槍の刃先にも似た飫肥杉の林が古都その情緒をかなでる飫肥城へ。飫肥はもと5万1千八十石の城下町だ。街づくりも洒落ていて、商人通りは白壁と格子、瓦屋根に代表される日本建築の美を表現で統一されている。わき道には、鯉の放流も。中々風情があってよかった。



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2007年12月9日日曜日

680Km



Dscf1215_2  遠くは、佐賀の武雄まで、かみさんを迎えに。片道3時間半、340Km。コーラスの賛助出演で遠路はるばる千葉からご苦労なことです。(たった20分の出番なのに)おかげで宮崎からこちらもはるばる迎えに。九州が広いということをわかってない。大変なお疲れものである。朝10時過ぎにでて宮崎に戻ってきたのは、夜の21時過ぎ。680Kmのドライブ(東京から青森までの距離に匹敵)だ。さあやっと飯にありつける。ということで夕食は、ニシタチにある「りょう」という焼肉屋さん。こちらに来て何度か食べに行っている。カウンター10席ほどの小さなお店だが、店長こだわりの肉は絶品だ。美味い食べ方もその場で指南してくれる。というより 焼いてくれたりもする。ロース、はらみなどその日の一番いいものを出してもらった。さすがにうまい!!かみさんも、かなりの満足。サラダとして出たダイコンもまたうまい。最後は玉子スープでしめた。お疲れの一日であった。



2007年12月3日月曜日

心模様 ~ モーツァルトを語る 第37弾

第37弾は、「ピアノ協奏曲第24番 ハ短調 K491」を選んだ。24番は、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンと、2管編成の近代オーケストラの 木管楽器を勢ぞろいさせた唯一の協奏曲である。また20番とこの24番だけが、27曲あるピアノコンチェルトでは短調である。第一楽章の半階音のユニゾンから早くも聴き手の心を不安にさせる。減七度の跳躍音程は我々を深い闇の淵に連れて行く。そして、ピアノが鳴る。なんと悲しい音であろう。この悲しみはいつまで引きずるのだろうか。絶望への坂道を何度も降りてゆく。第2主題の長調を迎えてもわずかな光しか見出せない。見せ掛けの明るさ。そんな慰めなき長調の中、フルートがまた我々を闇に連れ戻す。そこには蠢くピアノのアルペジオ。そしてクライマックスのカデンツァ。暗闇の中で魂だけが揺さぶられてゆく。生への不安・恐怖・あきらめ。生きる答えを見出せないまま終末を迎える。第二楽章は、優しい朝の目覚めのようなメロディーから始まる。平行調の変ホ長調だ。そこには優しい光がある。しかし、フルートとオーボエとファゴットが登場すると再びハ短調へ戻り、まだ心から安らげないことを知る。でも光のほうへ少しずつでも歩いてゆきたい。ピアノがすこしづつそう囁く。そして木管楽器がすべて登場した時に始めて闇はすべて消え去る。第三楽章は再びハ短調。しかしそこには決然とした心が溢れ出る。第一楽章の闇の中での心の迷いを消し去る意志がそこには聴こえてくる。確信を告げる変イ長調のクラリネットの登場。しかしピアノは、まだ迷いを拭いきれない。しかし伸びやかな旋律を木管達が奏でた時に強く生きてゆこうとするは意志は明確になる。でも今から続く生は決して平坦な道ではない。そういってこの曲は終る。すさまじい心の葛藤と叫びを感じずにはおれない。



それでは聴いてください。内田光子でおおくりします。



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2007年11月26日月曜日

紅葉

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今日は、快晴 朝5時に起きて、奥茨城へかみさんと紅葉狩りに出かけた。袋田の滝に到着したのは8時半。しかし大勢の観光客が来ている。1時間違えば大渋滞であろう。滝周辺の紅葉はすでに終わっていたが、流石に美しい。今日はデジカメを宮崎に忘れたので仕方なく携帯でパチリ。意外ときれい撮れた。滝のてっぺんまで階段がついていて登ったが、完全に明日は筋肉痛であろう。膝も笑っている。その後、竜神の大吊り橋(3枚目写真)にも行った。人が渡れる最長のつり橋らしい。さすがの高さだ。下にはダムで出来た竜神湖(4枚目写真)。そのあと、穴場といわれた「花貫渓谷」へよったが、もう昼近くになっていたので、駐車できない状態。気が短いので早々と断念。そのまま「金砂郷」の蕎麦を食べにいった。さすがに人気は高く。食べるまでに1時間を要した。名物の十割そば、水そばは当然品切れ、仕方なく天ざるを注文。蕎麦はうまい。でもてんぷらはいただけない。延べ11時間、450kmのドライブであった。



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2007年11月25日日曜日

My Birthday

今日は、47回目の誕生日である。しかし部下の結婚式。人のお祝いの言葉を述べいている今日この頃。おぉ 来年は年男かぁ。そういえば、水戸時代からいつもGOLFで遊んでいたI氏が先週、東京から名古屋へ転勤になった。家を買ったばかりだ。これはうちのジンクス。これで暫くI氏ともGOLFは出来そうにない。I氏が宮崎へ遊びに来れば別だが・・・・



2007年11月24日土曜日

LPGAチャンピオンシップリコーカップ

03w_2  LPGAチャンピオンシップリコーカップが宮崎カントリーで開催されている。二日酔いをおして大会2日目に会社の連中と出かけた。先週・先々週とプレーしたコースをプロがどう攻略するか楽しみだったが、結局、皆で古閑美保プロを中心に見ることに。勿論、桃子、さくら、不動さんのプレーも堪能した。グリーンが難しいのは知っているが、流石にプロたちは下半身を微動だにせずパッティングをする。勉強になった。昼過ぎまでいて、夕方には東京へ。明日は部下の結婚式である。約2ヶ月ぶりに自宅へ。



2007年11月19日月曜日

強迫観念

昔、心理学を勉強していた人に教えてもらったことを思いだした。



嫌な思考、想い出、イメージ、衝動、または悲哀などが、何度も繰り返して感じられるもので、強い不安や嫌な思いを伴うものを強迫観念というらしい。「脅迫」ではない。これが悪化すると「強迫性障害」と呼ばれる。よく言われるものが、潔癖症といわれる、手を何十分も洗わないと気がすまないってやつだ。それらしい本を読んでみると、この強迫観念で現れる行動を自分はよくとっている。



①ある物の位置が曲がっていると気になる。



(机に置かれたタバコやライターは机に平行であるべき、勿論箸も平行)



②本は、あいうえお順、上中下順、1巻から順番になっていないと気がすまない。



(う~ん 高さも揃ってないと気になるなぁ)



③ある物が、しかるべき所にないと、すぐになおす。



(キャディーバックのすべての番手はいつも同じであるべき、確かにキャディーが違う所へいれるとすぐに入れ替えている)



ある意味自分では常識だが、これは「不完全恐怖」と呼ばれるものらしい。



でも誰にも迷惑をかけないし、これで落ち着くのだから、良しとしてもらいたい。







コンペ準優勝

06_bod_img_01 すぐそばのフェニックスでは、ダンロップトーナメントが開催されているが、今日は地元でのコンペ(6組23名)。そして準優勝。先週廻った「宮崎カントリークラブ」。(下見しておいてよかった)リコーカップ(女子プロ最終戦)直前とあって、先週よりも、ラフはさらに深く、グリーンもローラーが効いており、先週の比ではないくらい速い。午後からは風も強風。その中で46・45=91(HDCP20)。またまた90台だが、このコースセッティングでは満足満足。しかし宮崎といえど、さすがに寒くなってきた。長袖一枚が後半は肌寒い。いよいよ短い秋が終わり冬へ突入か。



2007年11月18日日曜日

黒龍の柩

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北方謙三「黒龍の柩」を読む。時は、幕末。時勢は否応なく男たちを呑み込んで行く。土方歳三も、人を斬りながら新選組の活路を探し続けた。親友・山南敬助の捨て身の切腹、同志・近藤勇との別れの予感、弟分 沖田総司の死の予感。近藤は新撰組組長として死ぬことを選ぶ、沖田も剣のみで行き抜くことを考え死んでいく。そして土方は、勝海舟・小栗忠順と出会い新撰組の後の有様を捜し求める。坂本龍馬が暗殺の直前に語った計画に、新選組の未来と己の夢を賭ける。不戦・蝦夷地新国家。しかし、おのが権力に万全を期す西郷がそこに立ちはだかる。ちなみにこの小説で北方は、龍馬暗殺を西郷隆盛陰謀説をとっている。(私は同感)五稜郭での闘いの前の「死を覚悟して闘うが、死ぬために闘うのではない。」という歳三の言葉が印象的だ。



さて函館市には、「碧血碑ヘッケツヒ」という戊辰戦争、特に箱館戦争戦死者を弔う旧幕府軍側の墓がある。「碧血」とは、中国の書 荘子の外物篇にその語が見られる。「藏其血三年而化為碧」。意味は、「忠節に殉じた臣の血は、三年蔵されると碧玉に化す」である。



ヴァイオリンとヴィオラ ~ モーツァルトを語る 第36弾

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第36弾は、「弦楽五重奏曲第3番ハ長調K515」。かの第4番K516を登場させたのが第2弾(2006年10月19日)。随分と遅くなってしまった。なにせこの二曲は一対のような捉え方をよくされるからである。第一楽章のアレグロは楽しい。内声部が8分音符を刻む中、チェロが重い足取りで音階を駆け上がり、第一ヴァイオリンが優しく手を差し伸べゆく第一主題。なんと4オクターブを駆使。展開部は、ハ長調とは思えない音の色彩。憂いのメロディー。感服!!そして第二楽章アンダンテは限りなく美しい。今日のような秋の穏やかな日にグッとマッチした曲です。第一ヴィオラが第一ヴァイオリンとが絡み合うように旋律を奏で、まるで二重協奏曲のようです。ヴィオラをこよなく愛したアマデウスならではの作品ではないでしょうか。ヴィオラ奏者にはたまらない曲でしょう。それでは、第二楽章をお楽しみください。mozart_03_k.515 - II_Andante(クリック)



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JAF

昼に買い物へ行こうと車へ。なんとバッテリーがあがっている。どうやら室内灯がつけぱなしだったようだ。それでなくても中古で夏の車検の際に、バッテリーそろそろと言われていた。すぐにJAFに電話。30分で到着。ありがたい。1時間かけっぱなしで、車中で読書。その後すぐに買い物に出かけて車をとめたとたんに、またまた動かず。再度JAFを呼ぶ。またまた30分で登場。いやーありがたい。その場でバッテリー交換(9700円)。これで、あすのゴルフコンペも心配ない。入っていてよかったJAF!!



2007年11月17日土曜日

ボジョレーヌーボ 3ℓ瓶

Bojore 昨日は、ボジョレーヌーボ解禁日。部下一人とお好み焼き屋で食事をした後、ボジョレーが置いてある行きつけの焼酎バーへ。マスターがソムリエだ。そこで出された3ℓ瓶(写真)。通常サイズ4本分だ。あまりにおいしいので少し飲んで買取り持ち帰り。溜り場にしているスナックへ。そこで4人で軽く飲み干し、さらに2本飲む。でも今日は二日酔いもなくしっかり。でももう年なので、こんなことはやめよう!!



2007年11月12日月曜日

傭兵ピエール

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佐藤賢一著「傭兵ピエール」を読み終える。時代は、15世紀 英仏百年戦争。物語はジャンヌ・ダルクとそれを守る架空の主役「シェフ殺しのピエール」で繰広げられる。傭兵隊を率いる無頼漢ピエールは、略奪の途上で不思議な少女に出会う。その名は、ジャンヌ・ダルク。この聖女と交わした約束に導かれ、ピエールは天下分け目の戦場、オルレアンへと向かった。物語の前半は、救世主ジャンヌダルクとともに快進撃を続けるフランス軍と傭兵隊達の生き様を中心に歴史小説の如く進められるが、ジャンヌダルクが、捕らえられ魔女裁判にかけられるところから、作者 佐藤賢一の想像力が発揮される。ここから小説は物語へと変貌する。「魔女裁判を受けるジャンヌ・ダルクを救出せよ」指令を受けたピエールは立ち上がる。救世主との運命的な恋の結末は?二人に運命は如何に?上下2冊分厚い本だが、あっという間に読み終えた。



2007年11月11日日曜日

宮崎カントリー 青島コース

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今日は、ミヤカンにてプレー。再来週にLPGAツアーチャンピオンシップ~リコーカップが開催されるコースだ。宮崎空港のすぐそばで松林でセパレートされた、シーサイドコース。グリーンは砲台。2週前とあって、ラフはかなり伸びていた。グリーンはまだ普通。しかし、硬いのでアイアン、アプローチは全く止まらず流れていく。このコースの難しさはここにもあるのかも。前半はドライバーが悪く、後半はパットに苦しんだ。(いつも言い訳が多い)45.47=92。でもそれ程悔しくないのは、コースのすばらしさと難易度からか。また廻って見たいコースだ。(実は来週も地元のコンペで行くのだ)。



2007年11月10日土曜日

都城のとんかつ

Nyuton_01 今日は、都城・小林・えびのへ出かけた。昼食は、とんかつ。「ニューとん」という洋食屋さん。都城で一番古いとんかつの店らしい。ヒレカツを注文。特製のデミグラスソースと柔らかい豚肉(霧島高原の味彩豚)と薄めの衣。いや~実においしい。とんかつのイメージを変える一品だ。上品な洋食に仕上がっている。是非おすすめしておきたい。



2007年11月9日金曜日

日南の鍋焼うどん

Kaoru 今週は、朝から遠出の外出が続く。今日は、日南・南郷へ。天気もよく、太平洋は鮮やかな青。そして洗濯岩に打ち寄せる白波。日南方面へ出かけるのは晴れに限る。さて昼食は、地元で有名な「かおる屋」の鍋焼うどん。2ヶ月前、12時過ぎていてお客さんが溢れていて断念した。まだ、それほど寒くない。というより暑いくらいの宮崎だが、せっかくなので賞味。ダシはアジのにぼしらしい。具は、地鶏、丸天、わかめ、アゲ、ほうれん草など。特徴があるわけではない。あっさりだ。地元では変わっているのだろうか。でもうまい!!



2007年11月8日木曜日

延岡のチャンポン

Photo 今日は、朝から延岡のお客様訪問。昼食に南延岡駅のそばにある「蘭」というお店へ。ちゃんぽんで有名らしい。古い小さなお店だが、フジの「めざましテレビ」の取材の写真も飾っており(大塚さんの写真)、うなづけた。長崎チャンポンのように白いスープでなく醤油味のだし。あっさり味だが実においしかった。また、延岡に出かけたときは寄りたい。



2007年11月5日月曜日

映画「魔笛」



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本日、宮崎ピカデリーにて、ケネス・ブラナー監督作品 映画「魔笛」を見てきた。映画館は、わずか50席しかない小さな所。お客さんは、私ともう一組のご夫婦の3名だけ。当然のように序曲から始まる。オペラを映画にするのは難しいと思うのだが、親しめる作品に仕上がっていた。とにかく配役がシャレている。すべてオペラ歌手というもの。なかでもザラストロ役のルネ・パーペは知る人ぞ知るバス歌手。 小シネマながら、魔笛の美しいアリアを満喫できた。パミーナの「なんという美しい絵姿」や「ああ 私にはわかる」←アマデウス 宿命の調性 ト短調の嘆きのアリア。ザラストロの「この聖なる殿堂では」などなど。良い休日を過ごしました。帰りに、良品計画にて、秋・冬用の敷布団シーツ、枕カバーを購入。ユッタリの一日でした。



2007年11月4日日曜日

陽炎の旗

Photo 北方謙三 南北朝シリーズ「陽炎の旗」を読んだ。これにてシリーズものをすべて制覇。後醍醐天皇の皇子・懐良親王が肥後の菊池武光とともに、九州統一を目指す「武王の門」の後日譚にあたるが、架空の人物によって物語りは進んでゆく。その架空の人物とは、足利直冬の嫡男・足利頼冬、前征西将軍宮・懐良親王が息子・月王丸と孫の竜王丸だ。時は、三大将軍足利義満の時代。天皇家をなくし自ら王たらんとする義満。おのが親王の血をひいているが故に天皇家を一つにしたいと願う月王丸。相反する方法で南北朝の動乱に終止符を打とうとしている2つの勢力下で、男の夢をかけた闘いが繰り広げられる。義満の野望に己の武人としての人生を賭け暗躍する管領職・斯波義将。九州探題の兄・今川了俊の地位を守り、斯波を牽制する今川仲秋、南北朝合一を画策し、敢えて変節漢の汚名をきた楠木正儀(波木)、斯波家の侍大将で頼冬と剣の勝負を決せんとする大野武峰(架空)などキャラクターは多彩だ。虚構のヒーロー「足利頼冬」を通し、歴史の光明を見出す渾身の力作といえよう。そして相変わらず男たちが恰好よい。クライマックスの大野武峰との一戦は、戦闘シーンは短いながら、本を読むだけで固唾を飲むような迫力である。「業のようなもの」「宿運」で、頼冬は、第三者から見ればやる必要のない武峰との戦いに臨む。彼らが賭けているものは何であろうか。「男」。



2007年10月28日日曜日

神武さま

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宮崎では宮崎神宮大祭「神武さま」が昨日、今日と開催されている。神武さまは年に一度宮崎神宮にお参りできない遠くの人のところへ出かけて行かれる神事から始まった五穀豊穣を祝うお祭りです。宮崎神宮は、神武天皇(神日本磐余彦尊:かむやまといはれひこのすめらみこと)を主祭神とし、相殿には左に御父君鵜草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)、右に御母君玉依姫命(たまよりひめのみこと)が祭られている。宮崎神宮は、むかし、神武天皇宮または神武天皇社と言われていたので、地元では今でも親しみをこめて「神武さま」と呼ばれているそうなのだ。昼間は、御神幸行列があるが、残念ながら両日ともGOLFが入っているので見学できないが、夜に橘通りのデパート「山形屋」からJR宮崎駅までの通り(高千穂通り)が歩行者天国となり、「神武さま広場」が開かれ、宮崎の伝統行事、伝統芸能等を中心にいろいろな催しが開催されるので出かけた。太鼓や、神楽、踊り、神輿などを見学した。こういうものは、暇な単身赴任者には慰めになります。神楽は、ゆっくり時間がたつようで見入ってしまいました。是非、本場でも見てみたいものです。



留魂録 その11



今日死を決するの安心は四時の順環に於て得る所あり。蓋し彼の禾稼を見るに春種し、夏苗し、秋苅り、冬蔵す。秋冬に至れば人皆其の歳功の成る悦び、酒を造り醴を為り、村野歓声あり。未だ曾て西成に臨んで歳功の終るを哀しむものを聞かず。吾れ行年三十、一事成ることなくして死して禾稼の未だ秀でず実らざるに似たれば惜しむべきに似たり。然とも義卿の身を以て云へは是亦秀実の時なり何そ必しも哀まん。何となれは人事は定りなし禾稼の必す四時を経る如きに非す。十歳にして死する者は十歳中自ら四時あり。二十は自ら二十の四時あり。三十は自ら三十の四時あり。五十百は自ら五十百の四時あり。十歳を以て短とするは蟪蛄をして霊椿たらしめんと欲するなり。百歳を以て長しとするは霊椿をして蟪蛄たらしめんと欲するなり。斉しく命に達せすとす義卿三十四時已備亦秀亦実其秕たると。其粟たると吾か知る所に非す。若し同志の士其微衷を憐み継紹の人あらは乃ち後来の種子未た絶えす自ら禾稼の有年に恥さるなり同志其是を考思せよ。



今日、私が死を目前にして平安な心境でいるのは春夏秋冬の四季の循環ということを考えたからである。つまり、農事を見ると、春に種をまき、夏に苗を植え、秋に刈り取り、冬にそれを貯蔵する。秋・冬になると農民たちは、その年の労働による収穫を喜び、酒を造り、甘酒を造って、村々には歓声があふれるのだ。この収穫期を迎えて、その年の労働が終ったことを悲しむ者がいるということを聞いたことがない。私は、三十歳で人生を終ろうとしている。未だ一つも成し遂げることがなく、このまま死ぬのは、これまでの働きによって育てた穀物が花を咲かせず、実をつけなかったことに似ているから惜しむべきかもしれない。だが、私自身について考えれば、やはり花咲き実りを迎えた時なのである。哀しむべきでないかもしれない。なぜなら、人の寿命には定めがない。農事が必ず四季をめぐって営まれるようなものではない。しかしながら、人間にもそれにふさわしい春夏秋冬があるといえるだろう。十歳にして死ぬ者には、その十歳の中におのずから四季がある。二十歳にはおのずから二十歳の四季が、三十歳にはおのずから三十歳の四季が、五十、百歳にもおのずからの四季がある。十歳をもって短いというのは、夏蝉を長生の霊木にしようと願うことだ。百歳をもって長いというのは、霊椿を蝉にしようとするようなことで、いずれも天寿に達することにはならない。私は三十歳、四季はすでに備わっており、花を咲かせ、実をつけているはずである。それが、単なる籾殻なのか、成熟した粟の実であるのかは私の知るところではない。もし同志の諸君の中に、私のささやかな真心を憐れみ、それを受け継いでやろうという者がいるなら、それは蒔かれた種子が絶えずに、穀物が年々実っていくのと同じで、収穫のあった年に恥じないことになろう。同志よ、このことをよく考えてほしい。



この章が「留魂録」の白眉をなす箇所であろう。儒教者である松蔭先生は、死への恐怖を思いながらも、神にも仏にもすがることがなかった。ひたすら、知力と意志力で死を克服しようとする姿がこの章に現れている。死を決した中で、四季の循環に悟りを開く。己のつけた実は、きっと同志が受け継いでくれると信じて、己の死を静かに受け入れる姿が現れている。まさに松蔭先生の文章は一字一字が涙であり、一言一言が血である。こうして「留魂録」は松蔭先生を師と仰ぐ幕末の志士達に{バイブル}として作用し、“明治維新”という自分達の手で勝ち取った新時代を構築し、新しい日本を主導したのである。



さて、本日は松蔭先生の命日であることを一言書き添えておく。







2007年10月26日金曜日

ハイドンのフーガ

Haydn_3 ハイドンの「太陽四重奏曲」の中のフーガは美しい。



(haydn_35_op.20-5) - 4. Finale (Fuga a 2 soggetti)(クリック)



(haydn_36_op.20-6) - 4. Fuga a 3 soggetti (Allegro)(クリック) 



とにかく聴いてください。



渾身の調性 ~ モーツァルトを語る 第35弾

第35弾は、ウィーン四重奏曲第6番目の曲「弦楽四重奏曲第13番 ニ短調 K173」である。先に紹介した15番と同じ調性である。ト短調は、モーツァルトにとって「宿命の調性」と謂われる。ニ短調は、勝手に「渾身の調性」と呼びたい。このK173に始まり、K341(キリエ)、K421(弦楽四重奏曲 第15番)、K466(ピアノ協奏曲第20番)、K621(レクイエム)がそれだ。さてK173だが、1773年の作品であるが、これ以降10年弱、彼は「弦楽四重奏曲」を封印しているのも興味深い。少年モーツァルトは、未だ我がフーガ、ハイドンの域に達せずと封印したのだろうか??さて第一楽章は、アマデウスのテーマとも言うべき三度の装飾音を伴う下降音で始まる、そしてオクターブ上のシンコペーションで我々は、モーツァルトの内面の悲しみを知る。その後に続く力強い反転上昇。そこに若きモーツァルトの悲しみを打ち破る強い意志を覗きみる。(ちなみに最初の4小節、これは「魔法の笛」のパミーナのアリア で見つけることができる。)まさに「渾身」。しかしこれだけでは終らない。第4楽章のフーガがまた魅力的だ。チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリン、第1ヴァイオリンが半音で下降しながら順番に登場し絡み合う。そして最後はなんとニ長調の和音で終るのだ。さして複雑ではないこのフーガの恰好よさのため一度聴くといつも何度も何度も繰り返して聴いてしまう私がそこにいるのです。それでは、お聴きください。



mozart_13_k.173 (クリック)。



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2007年10月22日月曜日

毛布

今日は、ニトリにて毛布を購入。宮崎もやっと涼しくなり、朝晩は冷え込む。ついでにユニクロで、部屋着用のフリースのロングパンツも購入。これで秋対策は万全。



2007年10月21日日曜日

2回目のゴルフコンペ

705_2Photo_2 今日は宮崎での第二回の支店のゴルフコンペ。抜群の青空と青い海。最高のコンディションでのコンペとなった。場所は、青島ゴルフクラブ。4組15名。用意した取りきりカップは誰の手に。なんと自らの優勝でした。45・46=91。第1回に続き連続のベスグロも確保。ドライバーはさっぱりだったが、X-20アイアンはかなり慣れてきたので、リカバリーはそこそこ。皆が後半スコアを崩す中、何とか持ちこたえての優勝だ。まずはめでたし。



2007年10月19日金曜日

おぐら~チキン南蛮

宮崎名物 「おぐら本店」のチキン南蛮で昼食。3ヶ月過ぎて初めていった。聞いてはいたがボリュームのすごさにまず驚き。若手社員を連れて来てよかった。2切れ分は、食べてもらった。タルタルソースも少し違う。さすがに大人気を博すおいしさだ。お腹はパンパンだ。このお店は元は、延岡らしい。満腹感を味わい方はどうぞ!!



2007年10月16日火曜日

島津奔る

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池宮彰一郎「島津奔る」を読む。数年前、上巻のみを購入。読み終えて、下巻を買おうとするが、どこの書店にも置いていない。なんと盗作で回収されていたのだ。関が原の戦いの描写が、司馬遼太郎の「関が原」に似ているというのだ。おかげで途中で終っていた。先月、お客様の事務所へ訪問した折に、書棚で見つけ、事情を話し貸してもらった。感謝である。下巻は一気に読み終えた。主役は、島津義弘。関が原の敗戦直後に、適中突破を秘め、家康本陣を目指しわずか600名にて激走し、家康の目の前で方向転換し逃亡するシーンは迫力そのものだった。



「では言う。後へ退るのは愚である。相手の意表を衝く。前に突き進む」
 一同は,呑まれたように聞き入った。
「薩摩島津の退却は,前に進むことしかない。内府の本陣の前を突っ切って,烏頭坂を降る」
「そん後は……?」
「後は,出たとこ勝負じゃ」



この激走が島津百年の計を決した。



しかしこの本で私が一番面白かったのは、官僚然とした石田光成の描き方だった。官僚はいつの時代も、危機管理能力、大局観に欠け、後手に回った時の対応力がないものである。



2007年10月15日月曜日

フェニックスカントリークラブ

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今日は、お客さんと「フェニックス・カントリー」にてプレー。コースは歩きだ。大洗に似ている。もうすぐダンロップということで、ラフの芝を伸ばし始めていた。4時ぐらいからボールが捜せなくなるということで、スタッフがラフに数人入って待っていた。グリーンもかなり速い。とても手ごわい。コースは、日南・住吉を廻る。ダンロップでは、OUTが高千穂、INが住吉になる。宮崎にいる間はメンバーとなるが、ビジターの料金は、かなり高いので頻繁には来れないだろう。結果は、46・52=98。ラフに入れると全く駄目。このコースは曲がる私には難しい。パットも速いグリーンに随分てこずった。1mのくだりをはずして2mのパットが残るホールも。しかしフカフカのフェアウェイ、コースを分ける松林には誰もが満足するだろう。住吉・高千穂は、タイガーのティーショットの位置にプレートがある。驚きの飛距離だ。ここでプレーできることはアマチュアゴルファーとしては満足なことです。次はもっと良いスコアで。