2014年3月29日土曜日

時平の桜、菅公の梅

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奥山景布子著「時平の桜、菅公の梅」を読む。



[E:book]


――二花は、並ばぬ運命―― 孤高の秀才・菅原道真と、若き貴公子・藤原時平。 世代も身分も境遇も違う二人が互いに魅かれあい、 そして離れゆく……国の頂点を目指した男たちの熱き闘いを描く書き下ろし長篇。 “恵まれた境遇で育ち、なにほどの苦労もなく、 二十二歳という若さで参議に列している自分を、幼き頃から研鑽を積み、 他を圧倒する才を培い、四十八歳にして菅家 始まって以来の昇進を遂げた道真が今、どう見ているか。・・・身分も年齢も違う二人は互いに魅かれ合うも、残酷な因縁に辿り着く――国の頂を目指した男たちの熱き闘い!



本書は、時平を中心に道真の大宰府左遷を描く。そこには、悪役 時平の姿はなく、慎重さと知略で政を司りながらも民の幸福を願い、藤原という家の繁栄や願いに悩んでいる姿がある。こうした藤原北家側からの物語もあっていいのだと思う。



かなり面白く読みました。私の中では、今年度前半第1位です。



2014年3月23日日曜日

京滋旅行~3日目 貴船神社

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早朝、まずは本宮を通り過ぎ貴船川沿いにせせらぎを聞きながら上がっていきます。中宮(結社ゆいのやしろ)・奥宮を目指します。300mほどで「結社」に到着。


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結社(ゆいのやしろ)は、磐長姫命(いわながひめみこと)を祀っています。古来より、縁結びの神として信仰を集めていると書かれています。これには、疑問があります。



磐長姫命は大山祇神(おおやまつみ)の娘で、木花開耶姫(このはなさくやひめ)の姉。
コノハナノサクヤビメとともに天孫瓊々杵尊(ににぎ)の元に嫁ぐが、イワナガヒメは醜かったことから父の元に送り返された姫です。縁結びとはほど遠いですからね。
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社殿の右わきには「天の磐船」とよばれる自然石があります。朝の静けさと気温の低さもあって、凛とした空気が心地よいです。和泉式部が参拝した時の和歌が石碑として置かれています。


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「ものおもへば 沢の蛍も わが身より あくがれいづる 魂かとぞみる」
:::恋に悩んでいたら、沢に飛ぶ蛍も私の体から抜け出した魂ではないかと見えます:::

それに対して貴船明神が返したと伝えられる短歌があります。
「おく山に たぎりて落つる 滝つ瀬の 玉ちるばかり ものな思ひそ」
:::奥山にたぎり落ちる滝の水玉が飛び散るように、(魂が飛び散ってしまうほど)思い悩んではいけません:::

いずれも、後拾遺和歌集に収録されています。
さて、さらに400m先に奥宮があります。





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昨夜の雪を被った枝がきらきら光り幻想的です。P1030502




鳥居を抜け暫く大きな杉並木の参道を歩きます。


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奥宮到着。まだ、灯篭に灯りが入っています。以前はこちらが本宮だったようです。


ご祭神は、闇龗神(くらおかみのかみ)。本宮の高龗神と同じ神であるとされています。


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静謐な境内を一人歩いてゆきます。


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本殿(一間社流造)の脇に「権地」があります。「権地」とは、社殿の新築・改築・遷座などで社殿の工事を行う際に、仮の社殿を建てる場所のことをいうそうです。そして、この下には「竜穴」があると伝えられています。

 文久年間(1861~63年)、本殿工事の際に大工が誤ってノミを本殿下の竜穴に落としたところ、にわかに天候が変わって突風が起こり、ノミを空中へ吹き上げ、怒った竜が現れ、その大工は落命したという話もあります。そんな伝説も遺されているほど、「穢したりしてはいけない神聖な場所」だと考えられていたのでしょう。
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暫く、誰もいない境内で、山の空気を吸い込み、静かに過ごしました。


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貴船川を下り、本宮まで戻ります。


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ご祭神は、先ほど記述しましたが、水の神様である「高龗神(たかおかみ)」です。
全国に約450社ある貴船神社の総本社。式内社(名神大社)にして二十二社(下八社)の一社。旧社格は官幣中社です。


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参道の階段には、両脇に朱の灯篭が続きます。この写真が撮りたかった!!


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拝殿には、灯りがつけられていました。厳かです。


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本殿は、三間社流造。


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神紋は「双葉葵」紋。


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境内には、白馬・黒馬の神馬像がありました。当社は水の神を祀る神社ですが、祈雨八十五座の一として、祈雨に黒馬、祈晴に白馬を奉納されたそうです。昔は馬が貴重だったので、いつしか馬の絵を奉納するようになったらしく、そもそも絵馬発祥の地だといわれています。


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京都の奥座敷「貴船」の静けさと「貴船神社」の神気を十分に堪能しました。


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そして最後に、旅館の中居さんに写真を撮ってもらいました。




京滋旅行~3日目 賀茂御祖神社

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本日、2社目は山城国一の宮「賀茂御祖神社」別名「下鴨神社」です。北区にある 賀茂別雷神社 を上社と称し、当社・賀茂御祖神社を下社と称します。ご祭神は、賀茂別雷命(上賀茂神社祭神)の母の玉依姫命、玉依姫命の父の賀茂建角身命。故に「御祖神社」なんですね。
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。式内社(名神大社)にして、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社です。こちらには、巨大な楼門があります。




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本殿は、改修中にて観る事ができませんでした。東西二つの本殿をもち、西が賀茂建角身命、東が玉依姫をお祀りしています。共に国宝です。


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本殿の前には、七つの社に十二支を守る神様が祀られています(言社)。もちろん、私は子をかみさんは牛の社を拝みました。



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ご神紋は、いわずと知れた「加茂葵」紋です。


京滋旅行~3日目 晴明神社

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本日3社目は、「晴明神社」です。鳥居の扁額にはご神紋の「安倍晴明判」の五芒星が。


もちろん、ご祭神は「安陪晴明」です。一条戻橋のたもと(北西)にあった晴明の屋敷跡に鎮座しています。その一条戻橋もこちらに。先代の橋で使われていた欄干の親柱を境内に移し、昔の風情をそのままに「一條戻橋」を再現しています。

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源頼光の四天王の一人、渡辺綱が 鬼女の腕を切り落とした場所ですから、橋の脇には、「鬼女」がいますね。
晴明公が念力により湧出させたという井戸がこの晴明井です。P1030571


病気平癒の信仰があり、湧き出す水は現在でも飲んで頂いていいそうです。

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拝殿の随所に五芒星があしらわれていました。
そして、縁起が良いとされる厄除けの桃の像もあります。
最近は、人気のパワースポットですから多くの参拝客が訪れていました。P1030580






京滋旅行~3日目 北野天満宮

京滋旅行 最後の参拝は「北野天満宮」です。言わずと知れた菅原道真公をお祀りする神社です。北野天満宮は、当然梅で有名。この日も大勢の参拝客です。



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相殿東座には中将殿(道真嫡男)と相殿西座には吉祥女(道真妻)を配祀しています。
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梅は、真っ盛りで境内いたるところで咲いていました。


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参道を進むと、天満宮の扁額が架かった楼門があります。


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そして、ご本殿です。権現造です。


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ご神紋は、おなじみの「星梅鉢」紋(提灯上の屋根のマーク)と、もう一つ「荒枝付き三階松」紋という変わった紋が使われています。


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十分に梅を堪能してきました。


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京滋旅行~3日目 帰り道

寺町・新京極に寄って「お土産」を買い、昼食をすませ、伏見稲荷神社へ向かいましたが、あまりの人手で全く駐車場も見つからず、断念。今回の京滋旅行の参拝は16社でした。



名神・東名も御殿場までは順調。富士山も見事な姿を見せてくれました。


(蒲原-富士SAの間;車中 助手席より)


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しかし、御殿場から35kmの渋滞。海老名SAで夕食をすませ、8時間かかり帰宅です。


実に充実した旅行となりました。


2014年3月22日土曜日

京滋旅行~2日目 木嶋坐天照御魂神社

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2日目最初に訪れたのは、「木嶋坐天照御魂神社」。知る人ぞ知る(まあほとんど知らないですね)式内社です。ここが何故、神社通に有名なのかというと<鳥居>です。


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「三柱鳥居(みはしら)」といいます。本殿左側にある「元糺の池(もとただすのいけ)」の中に建てられていました。これが撮りたかった。


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境内は、小さいながらも凛とした雰囲気があります。ご祭神は、天御中主命・大国魂神・穂々出見命・鵜茅葺不合命の四神です。たぶん元はその名の通り「天照御魂神」を祀っていたのでしょう。ただ、「天照御魂神」とは誰か?
諸説あるようです。ここが神社研究の発端の一つ。
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神紋は「加茂葵」紋のようです。本殿東側に織物の始祖(秦氏)を祀る蚕養(こがい)神社があることから蚕の社(かいこのやしろ)の通称が広く知られています。


上・下の賀茂神社と同様「葵」紋は秦氏の紋でした。




京滋旅行~2日目 梅宮大社

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本日2社目は「梅宮大社」です。ご祭神は酒解神、大若子神、小若子神、酒解子神の四座、式内神で 二十二社に列し、もと官幣中社であった。橘諸兄の母縣犬養三千代の 創建といわれ、古くは橘氏の氏神です。こちらの四神ですが、酒解神(大山祇神(おおやまつのかみ))の御子酒解子神(木花咲耶姫命 (このはなさくやひめのみこと))は大若子神(瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)) と 一夜の契りでやがて小若子神(彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと))をお生みになった。 そこで姫は歓喜して狭名田(さなた)の稲をとって天甜酒(あめのうまざけ)を造り、 これを飲まれたという神話から安産と造酒の神として古くから有名です。


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神門の右手に梅。


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左手に橘が植えられています。


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境内にも、見事な紅白梅。


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ご神紋はそういうわけで「橘」紋。


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本殿は、拝所が設けられ、その奥に屋根だけが見えます。流造だそうです。


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境内右手には、大きな池をもつ庭園がありました。