2010年12月31日金曜日

楊令伝13.14.15

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しばらく置いていた「楊令伝」13.14.15巻読破しました。これにて完結。北方水滸伝から数えて34巻+1。しかしまだまだ、続く見たいです。そういう終わり方ですから。「岳飛伝」として・・・。しかしそれにしてもこんな最後だとは????読んでいない方のために何も書きませんが。個人的には、期待が大きかっただけに少し不満です。14巻からは、しょうがなく梁山泊の好漢達を死に追いやるしかなかったのだろうか。ただ、生を終わらせるだけの、とってつけた死が痛ましくもある。まあこれだけ多くの人物がいるのだから仕方ない面もあるが。しかし、やはり読み物としては最高におもしろかったです。



2010年12月26日日曜日

関東三大神社の領域

関東には、「氷川神社」「香取神社」「鹿島神社」と関係する氏族がその地域に根を張っていたのであろうと思われる領域がハッキリと存在するから面白い。GoogleMapで可能な限りプロットしてみた。



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荒川沿いに埼玉方面に伸びる赤い炎マークが「氷川神社」が鎮座する領域。真ん中、利根川・江戸川上流から印旛沼にかけての緑のマークが「香取神社」が鎮座する領域。そして、茨城南部に拡がる赤紫のマークが「鹿島神社」が鎮座する領域。地域が分割されて統治されていたのがわかる。お見事!!



2010年12月25日土曜日

ファージング1.2.3



1_2 23今年、「週刊文春」でミステリー第2位なった三部作「英雄の朝」「暗殺のハムレット」「バッキンガムの光芒」を読む。



1949年、英国とナチスが講和条約を結んだ世界が舞台という歴史改変エンターティメント。イギリスは、首相一味の陰謀を隠匿しファシズムへひた走る。その中でのユダヤ人への迫害。事件は、一人の警察官と3人の女性によってのみ語られる。権力との闘い。物語は、一人の殺人事件・ヒトラーの暗殺計画・ユダヤ人の逃亡幇助とデモへと引き継がれ展開してゆく。第1部から3部へは10年以上の時がかかり、設定も違うが3部を結ぶ人物も思わぬ出現をする。なかなか面白かった。



今年は、これで118冊目。あと2冊も購入済みで月10冊のペースを維持。



2010年12月24日金曜日

打ち納め(ゴルフ)

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今日は、今年のゴルフの打ち納めでした。大学の先輩との恒例のゴルフです。夏場以降、五十肩の関係でプレーも減り、スコアも90台がなんとか。2か月ぶりの先週は97とやはりふるわず。今日ぐらいなんとか80台を出して終わりいたい。メンバーさんがいるおかげでメンバー料金にしてもらって何とセルフながら6500円の格安。腕はあいかわらず、肩まで上がらないが、相当ゆっくり目のテークバックでなんとなく今日はボールは真っ直ぐに。アイアンも軽く上げてパンチショット気味でやってみると意外に良い。前半は42と久しぶりの満足のいくスコア。後半もなんとか46でまとめて10/16以来の80台にて打ち納め。今年のAVE90.56となりました。



しかし、その引き替えの明日の朝の肩の痛みが心配だ。





2010年12月19日日曜日

甘粕正彦 乱心の曠野

Photo_2 佐野眞一著「甘粕正彦 乱心の曠野」を読む。



[E:book]“主義者殺し(大杉栄)”の汚名を負って満州に渡り、策謀渦巻く闇世界に君臨した男の比類なき生涯。湯水のごとき資金源の謎、地下茎のように絡み合う人脈、そしてその自死とともに葬られたはずの大杉事件の真相と“帝国”の「負の近現代史」を新資料、新証言で炙り出す。従来の甘粕像をことごとく覆す、衝撃の大河ノンフィクション。



読む前は、小説だとばかり思っていたのだが、ジャーナル的なノンフィクションの本であった。昭和初期の「妖怪」とまで言われた甘粕。ラストエンペラーで登場してその人物を知ったが、どういう生涯を送ったのかわからなかったので関心があった。丹念な取材と資料調査で追った労作であった。



利根川沿い 水神社

Google マップで遊んでいたら、あるわあるわ・・・利根川・霞ヶ浦沿いに「水神社」「水神宮」




より大きな地図で 水神社・水神宮 を表示



坂東太郎と呼ばれていた利根川の災害に人々は古より苦しんでいたのでしょう。水神を祀り、祈りを捧げていた事がわかります。



2010年12月12日日曜日

テンペスト1-4巻

2 池上永一著「テンペスト」が文庫本になったので早速完読。19世紀の琉球王朝を舞台に、一人の少女の波乱万丈の絵巻だ。嵐吹く晩に生まれた真鶴(まづる)は、厳しい父の命に従い、男として生まれ変わることを決心する。名を孫寧温(そんねいおん)と改め、13歳の若さで難関の科試(こうし)を突破。憧れの首里城に上がった寧温は、評定所筆者(ひょうじょうしょひっしゃ)として次次と王府の財政改革に着手する。しかし、王室に仕える男と女たちの激しい嫉妬と非難が寧温の前に立ちはだかる……。伏魔殿と化した王宮を懸命に生き抜く波瀾万丈の人生は如何に。展開の速さに読むほうも駆け抜ける速さで読了。少しおちゃらけも入っているが、まあ許そう。娯楽作品としては、面白かった。



2010年12月4日土曜日

風の陣 4巻まで



Photo_2 高橋克彦著「風の陣」がPHP文芸文庫より発売となった。現在は、4巻までの、「立志・大望・天命・風雲」。烈心待ち切れずに読み始めたが、いつも通りあっと言う間のおもしろさで読了。 アテルイが主人公の「火怨」へつながる,八世紀中頃の黄金発見に端を発する奥州動乱と、中央政界の血腥い権力抗争を描く大河ロマンだ。「橘奈良麻呂の乱」、「恵美押勝の乱」「怪僧・弓削道鏡の御託宣事件」を蝦夷たちの闘いとして描く。「火怨」中で、蝦夷を影で支える物部の頭領、物部天鈴をして、 「蝦夷にとっては口にするのも憚られる名となったが、いつかは分かる。あの男がなにをのぞみとしていたかがな。」と言わしめた男、道嶋嶋足が本編の主人公となる。



さて、ひとつおもしろいのは、この小説は、すべて「風」のつく章に分けられていることだ。50近い「風」が登場する。日本には、如何に風のつく言葉が多いのだろうと思う。そして日本人は如何に「風」というものを様々な表現をしてきたかわかる。



5巻の「烈心」いつ文庫になるのでしょう。





2010年11月22日月曜日

千葉神社

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奥さんが、千葉の市民ホールまで送ってくれというので、近くの「千葉神社」へ足を運びました。ご祭神は、天之御中主大神、北辰妙見尊星王とも呼ばれる。そう、ここは千葉氏一族の妙見信仰のメッカともいうべき神社なのである。



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上が、神紋の「月星紋(三光紋ともいう)」下が社紋で千葉氏の家紋でもある「九曜紋」。11月なので七五三の参拝者が多く来ていました。



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楼門型の分霊社「尊星殿」がある。これは神社では、類例のない楼門と社殿の複合建築物なのだそうだ。久しぶりの神社参拝となった。



2010年11月20日土曜日

信長もの 2冊

Photo                    Photo_3今週は、信長もの2冊を読破。1冊目は、辻邦生著「安土往還記」。[E:book]争乱渦巻く戦国時代、宣教師を送りとどけるために渡来した外国の船員を語り手とし、争乱のさ中にあって、純粋にこの世の道理を求め、自己に課した掟に一貫して忠実であろうとする“尾張の大殿(シニョーレ)”織田信長の心と行動を描く。ゆたかな想像力と抑制のきいたストイックな文体で信長一代の栄華を鮮やかに定着させ、生の高貴さを追究した作品である。貪欲なまでの好奇心。これこそが信長を支えた。そして徹底的に自分が定めた掟を守ろうとする孤独な魂を抱く者として描く。

2冊目は、宇月原清明著「信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス」。[E:book]1930年、ベルリン滞在中のアントナン・アルトーの前に現れた日本人青年は、ローマ皇帝ヘリオガバルスと信長の意外なつながりを彼に説いた。ふたりはともに暗黒の太陽神の申し子である。そして口伝によれば、信長は両性具有であった、と…。ナチ台頭期のベルリンと戦国時代の日本を舞台に、伝承に語られた信長の謎が次々と解き明かされて行く。第11回日本ファンタジーノベル大賞受賞作。 これぞ、宇月原氏の世界。何せ信長は、両性具有者(アンドロギュヌス)。歴史物ではなく、独自の世界を構築してつづられるファンタジージャンルであろうか。アマテラス・スサノオを対として考え受け継ぐ。霊石の存在。福井の織田剣神社。そして、ローマ帝国の皇帝 少年ヘリオガバルスと織田信長を結びつけ、それをもって織田信長という人物を解析する奇怪さ。太陽神の申し子とは。安土城の秘密。この怪しの世界を堪能してください。




THE 神社

参拝した神社の風景等を撮影したアルバムを制作し始めました。WEBページの「神社いろいろ」からお入りください。

2010年11月13日土曜日

死ぬことと見つけたり 上・下

0102龍慶一郎、遺作の一つ「死ぬことと見つけたり」を読む。「葉隠」の「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり。二つ二つの場にて、早く死ぬはうに片付くばかりなり。別に仔細なし。胸すわって進むなり。」を見事に、主人公である斎藤杢之助を通して、からりと書きあげているのがおもしろい。そこには、思いつめも、悲壮感もない。あるのは、死を恐れてはならない。ということだけ。傑作だ!!しかし17話中、15話にて終了。残念。

[E:book]常住坐臥、死と隣合せに生きる葉隠武士たち。佐賀鍋島藩の斎藤杢之助は、「死人」として生きる典型的な「葉隠」武士である。「死人」ゆえに奔放苛烈な「いくさ人」であり、島原の乱では、莫逆の友、中野求馬と敵陣一番乗りを果たす。だが、鍋島藩を天領としたい老中松平信綱は、彼らの武功を抜駆けとみなし、鍋島藩弾圧を策す。杢之助ら葉隠武士三人衆の己の威信を賭けた闘いが始まった。・・・・

是非ご一読を!!





2010年11月6日土曜日

聖徳太子 七の暗号

Photo 宮元健次著「聖徳太子 七の暗号」を読む。[E:book]聖徳太子(厩戸皇子)は、日本に仏教を広めるために数多くの寺院を建てた人物として知られている。本書は、一見、何の脈絡ももたない複数のキーワードを武器に、聖徳太子ゆかりの寺々の建てられた真の意図をあぶり出すことを目的としている。日本初の憲法十七条の制定、遣隋使の派遣など、華々しい事蹟で満ちている聖徳太子は、日本の歴史を代表する人物である。しかし、近年、「聖徳太子」はいなかったという説が注目を集め、太子虚構説がささやかれている。本書では、『日本書紀』などの史料を駆使し、悩み苦しんだ一人の人間としての聖徳太子にスポットをあて、日本史に描かれなかったその実像に迫る。
◆ 目 次
はじめに
序   章  殺人者の苦悩と悲しみ
第 一 章  四天王寺 ---- 守屋鎮魂のための最初の寺
第 二 章  善光寺 ---- 「七」による浄化の仕掛け
第 三 章  飛鳥寺 ---- 見え隠れする神道の呪術
第 四 章  法隆寺 ---- 死霊に対する恐怖
第 五 章  広隆寺と中宮寺 ---- 渡来人・秦氏の関与
第 六 章  橘寺・法輪寺・法起寺 ----共通する鎮魂の秘儀
終   章  物部守屋の正体
おわりに

法隆寺の建つ斑鳩は、もともとは物部守屋の領地だったが、守屋を滅ぼした後に厩戸皇子の領地となっている。そのため法隆寺には、守屋鎮魂の仕掛けが多数施されている。創建法隆寺も四天王寺や善光寺、飛鳥寺と同様に守屋の成仏を願う目的で建てられたのである。
「太子七か寺」に共通するのは、伽藍配置が四天王寺式配置であり、阿弥陀如来を本尊とする善光寺式一光三尊形式であり刀印をもつことである。ところが、仏像史ではこの点がほとんど触れられていないという。また、それぞれの寺院やゆかりの神社は「自然暦」を意識した位置関係にある。一定の場所から見て、夏至や冬至、春分、秋分の太陽が一定の山から出没するしくみを「自然暦」と呼び、農耕のための暦や祭祀として古来、各地で用いられてきたが、守屋の霊の鎮魂にも自然暦が使われているだ。





のぼうの城 上・下

12和田竜著「のぼうの城」を読む。映画化されるまえに読んでおかねば・・・と思い。1日で完読。甲斐姫を扱った宮本昌孝の本は読んでいたが、こちらはキャラクターのおもしろさにあっという間に読み終えた。
[E:book]戦国期、天下統一を目前に控えた豊臣秀吉は関東の雄・北条家に大軍を投じた。そのなかに支城、武州・忍城があった。周囲を湖で取り囲まれた「浮城」の異名を持つ難攻不落の城である。秀吉方約二万の大軍を指揮した石田三成の軍勢に対して、その数、僅か五百。城代・成田長親は、領民たちに木偶の坊から取った「のぼう様」などと呼ばれても泰然としている御仁。武・智・仁で統率する、従来の武将とはおよそ異なるが、なぜか領民の人心を掌握していた。従来の武将とは異なる新しい英傑像を提示した小説。

弱者の誇りとリーダーの包容力 それがこの本のテーマか。






2010年11月4日木曜日

宮城谷 三国志5.6

56やっとでた。4.5巻から、はや1年。もう少し早いペースで刊行して欲しいものだ。二冊を二日で読んでしまうのだから。5巻は、あの「官渡の戦い」を中止に描き、6巻は「赤壁の戦い」を描く。予想通り、劉備や孔明は、宮城谷三国志では全くと言っていいほど活躍などしない。必要のない脚色は見事にカットされ、淡々と史を語る。また7.8巻は1年後だろうか?




2010年11月1日月曜日

戸隠神社 奥社・九頭龍社

「戸隠神社」参拝。まずは奥社・九頭龍社から。
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さすがに、最近のパワースポットブームとメディア効果で、にわか神社巡りの観光客が多い。参道は2キロ。手前は広葉樹、中間点に「隋神門」があり、
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そこからが杉並木だ。感無量!!
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この地には、奥社ともうひとつ九頭龍社がある。本来は水神である九頭龍がこの社の根源神であるが、後世に奥社の御祭神「天手力男命」に追いやられた恰好だ。
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奥社は、岩窟に半分埋まっていました。
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昨日同様、この日も霧雨で、戸隠山をみることは叶いませんでした。
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しかし、往復4キロの紅葉狩りは格別です。神社参拝とゴルフのおかげで私は平気でしたが、かみさんは運動不足にて、バテバテでした。




戸隠神社 中社・宝光社

奥社から少し山を下り、中社へ。中社は、天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)を祀る。
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拝殿へ向かう階段の紅葉が色づいて美しい。
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ここには、樹齢800年を超える三本杉がある。うーん見事だ。
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社殿は唐破風入母屋造り。
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そして、社紋は「鎌卍紋」。諏訪大社の神器といわれる「薙鎌」といい、こちらの鎌卍といい、信濃は「鎌」に縁があるのだろうか?

さて最後に、火の御子社には、寄れなかったが「宝光社」は参拝。ご祭神は、思兼命の御子である天表春命(あめのうわはるのみこと)。天孫降臨の際、護衛として降臨した神様である。
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杉並木の階段をひたすら登ってゆく。かみさんは、階段をパスして左横にある女坂から社殿をめざす。
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社殿は、間口柱間五間、奥行柱間七間。正面に破風付の一軒の向拝を付けた妻入り入母屋造。かなり大きな社殿であった。

中社近くで、名物戸隠そばを頂きました。お店は「二葉屋」さん。一日限定20食の「生粉打ち(十割そば)そば」を頂きました。まずは、塩だけでいただきます。そしてつゆで。さすがに本場。おいしかったです。



2010年10月30日土曜日

信州旅行

台風が接近する中、信州旅行へかみさんと出かけた。第一の目的は、信濃国一之宮「諏訪大社」そして「戸隠神社」。土曜のうちに戸隠神社にも行くつもりだったが、大雨により断念。翌日に廻した。この日は急遽、松本城・善光寺を廻ることに。そして宿泊は、「渋温泉」。
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諏訪湖は、残念ながら雨のため霧が・・・・
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諏訪湖畔にある「ハーモ美術館」に寄り、冷えた身体においしいコーヒーを頂きました。
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松本城は、思ったよりも小さくてびっくり。赤い橋が黒い天守閣の美しさを、さらに際立たせていました。
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善光寺では、「戒壇めぐり」を体験。瑠璃壇床下の真っ暗な回廊を巡り、中程に懸かる「極楽の錠前」に触れることで、錠前の真上におられる秘仏の御本尊様と結縁を果たし、往生の際にお迎えに来ていただけるという約束をいただく道場です。鍵にしっかり触れてきました。
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「善」の文字が「牛」の形をした山門の「善光寺」の額も写真にパチリ。しかし、伝説の物部守屋の首を鎮めているという「守屋柱」を見るのを忘れてしまいました。善光寺の柱は108柱あり、この柱だけが、中央にあり角柱なんだそうです。そして、本尊は西にずれて鎮座。それが謎をよんでいます。
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さて栗で有名な「小布施」という町に寄り道し、お土産を買って、いざ宿泊先の「渋温泉」へ。じゃらんで予約をした「古久屋」という旅館に泊まりました。館内は迷路のようなつくりで、お風呂を探すのに苦労しました。
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部屋に露天風呂のあるプランを選択。
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しかし、旅館内に8つもの違うお風呂があり、とにかく温泉三昧。そして翌朝には、外湯へも。
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外湯は、全部で9つ。おみくじを引いて、その番号のお風呂に入ると願いがかなうという趣向もあり、私は6番湯、かみさんは1番湯。この二つを堪能。しかし、渋温泉、旅館の湯も外湯も全て熱湯!!湯船につかるのに相当苦労しました。

土日での2日間での旅で、あいにくの雨でしたが十分堪能できました。「諏訪大社」「戸隠神社」は別稿にて。



諏訪大社 上社

信濃一之宮「諏訪大社」は、四つの宮がある。諏訪湖の南側の上社に前宮と本宮、北側の下社に春宮と秋宮。社殿の四隅に御柱(おんばしら)と呼ぶ木の柱が立っているほか社殿の配置にも独特の形を備えている。ご祭神は、大国主命の子、建御名方命(たけみなかたのみこと)を上社に、そしてその妻の八坂刀売命(やさかとめのみこと)を下社にと言われています。諏訪大社には、大神神社と同様に本殿が無い。上社は、「守屋山」を御神体とし、下社は、御神木を御神体としているのだ。まずは、前宮を参拝。
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前宮は諏訪明神の信仰の原点といわれている。もともと、諏訪大社では木や石などに降りる精霊として、ミシャクジ神を祀っており、 奉祀する神職の最高位を大祝と呼び、上社の大祝「諏訪氏」は祭神の子孫として、下社の大祝「金刺氏」は皇族の子孫としていた。こんもりとした森にたたずむ拝殿は、いかにも厳かであった。
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写真は、一の御柱。社殿を4つの柱が囲むようにして立っている。
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ご神紋は「諏訪梶紋」。上社は写真のように、根が4本である。
次に、本宮を参拝。
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南側の鳥居から境内へ。そこには、布橋と呼ばれる、門から幣拝殿までの間をつなぐ、37間の長細い切妻の建物がある。022
拝殿は、何故か守屋山ではなく、前宮を背にしている。
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ちょうど、なにかのお祓い中であった。
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御柱を写真に収め、社務所でご朱印を頂くときに、御柱を伐り出す御用林のモミの木の題字にひきつけられ、ついつい買ってしまったのが下の写真です。
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感激!!