2007年2月21日水曜日

留魂録 その3

一 (続く)



去年来の事、恐れ多くも天朝・幕府の間、誠意相孚(フ)せざる所あり。天、苟も吾が区々の悃誠(コンセイ)を諒し給はば、幕吏必ず吾が説を是とせんと志を立てたれども、蚊蝱山(ブンポウザン)を負ふの喩、終に事をなすこと能はず、今日に至る、亦吾が徳の非薄なるによれば、今将に誰れをか尤(トガ)め且つ怨まんや。



昨年からの情勢を見ると、恐れ多くも朝廷と幕府の間には、互いに誠意が伝わらない所があり甚だ残念に思う。私の小さくてつまらないながらも一途に貫こうとする誠意をわかってもらえたら、幕府の役人も私の説を聞いてくれるだろうと志を立てたのである。だが蚊や虻が山を運ぼうとしても無駄で、明らかに失敗する喩の通り、ついになすことなく今日に至ってしまった。これも私の徳が薄いためだから、今さら誰を咎め怨むことがあろう。



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ここには、松蔭先生の処刑に臨んでの自然体の境地が述べられているように思われます。ここに至っては、「死」によって「志」を遂げるしかないという境地にいきついていたものと思われます。一緒に起たなかった弟子も、先が見えない幕吏も誰も責めようとしない。ただ己の徳の薄さを嘆いている様は、汚れきった我々の強烈に心に響きます。



蚊蝱山(ブンポウザン)を負ふの喩は、荘子「秋水篇」に登場します。井の中の蛙大海をしらずも出ているところです。「知識が真偽を正確に把握できないのに、荘子を理解しようとすることは、蚊が山を運び、虫が河を渡ろうとするようなものだ。」という言葉があります。蝱の字は、アブという字です。





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