2012年9月1日土曜日

義烈千秋天狗党西へ

Photo伊藤潤著「義烈千秋天狗党西へ」を読む。先輩のS氏の推薦により単行本2300円。文庫なら3冊買える。

[E:book]一人また一人。開国の波に喘ぐ水戸藩から決起した貧しくも屈強な義士たち。若き首領藤田小四郎、軍師山国兵部、強力の怪僧全海、剣鬼田中愿蔵……。強大な追討軍と血戦を重ねつつ一路京へ――。行く手を阻むは因縁深き彦根藩、豪雪の峠、そして未曾有の悲運。最強にして清貧の義士と謳われた天狗党の、血と涙の行軍のすべて。

ここには知られざる天狗党の有り様が見事に描かれていました。天狗党の決起が、開国による貿易の自由化で壊滅的な打撃を受けた北関東の農家を救うために行われたことがまずもって驚きであった。また、斉昭公以来の尊皇攘夷で知られる水戸藩が、藩を真っ二つにした大規模な内乱を起こしていたことも知りませんでした。
殆ど無名の天狗党の人物を描き、彼らの私利私欲の介在する余地のない、大義に生きた1000kmに及ぶ闘いを見事に再現してくれています。

調べると天狗党には11名も15歳以下の子供もいました。本書に登場する野村丑之助の最期の場面は涙なくしては読めません。享年13歳。辞世の句は『なきがらは程なく土にかわるとも 魂はのこりて皇国を守る』です。


場当たり的な指示で事態を混乱させた幕閣の無策(特に、保身のために天狗党を見捨てる慶喜には、怒りを覚えるかもしれない)が、現代の為政者を彷彿とさせるだけに、最期までぶれることなく「素志」を貫いた小四郎たちは余計に輝いて見えます。天狗党は過激な尊王攘夷を唱えていたが、その目的は幕政改革であり、(田中愿蔵などの少数派を除けば)討幕など考えていなかったのです。ところが攘夷派に対する幕府の方針が迷走したことによって、いつの間にか賊軍にされ、仕方なく、敬愛する徳川斉昭の息子・慶喜に真意を伝えるため京を目指します。慶喜がもっとまともな男であったら天狗党の有り様も随分変わっていたと思われます。無念です。

天狗党の決起は必ずしも成功したとはいえない。しかし、その気高い精神は、時代を超えて深い感動を与えてくれます。

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