2012年10月7日日曜日

水戸会ゴルフと親睦会

毎秋の行事となっている会社の水戸時代の同僚が集う「水戸会」今年も開催です。



今回は、まず「石岡ゴルフクラブ」にてゴルフを満喫し、夜は水戸へ集合し、当時一緒に働いた現役・OBの女性陣も交え楽しい飲み会のおまけ付き。そして、翌日はいつものI氏、神戸から駆けつけたM君、1日目に子供の運動会でゴルフを欠席したO君と4人で第2ラウンドのゴルフを楽しみました。



P1000463aP1000467a



P1000465aP1000461a








1日目、石岡ゴルフ倶楽部では、当時のT支店長も交え7名。2枚目の素振り姿は集合写真を撮影してくれた水戸支店のT君です。T君も早37歳。家も建てたことだし、いいかげん福岡通いはやめて、頑張って世帯を持ってください!!。


さて心配された天気ですが、我々が終わるまでは何とかもちました。終わった途端に強烈な雨。いつもの晴れ男ぶりを発揮です。


3枚目の写真がいつもやらかしてくれるI氏です。この写真はショットホールでのアイアンショット。はい、池ぽちゃでした。


4枚目は神戸からのM君。パット練習に余念がありません。


P1000464a




石岡は、池やクリークが絡む美しいホールがいくつもあり、目を和ませてくれます。


ドライバーイップスの私は、今日はなんとか左足が耐えぬいて復調の兆し、しかし逆にパットに苦しみ45:45=90で終わりました。I氏はクリークが横たわるロングで大叩きの16。で今年も撃沈です。ロボコップ I西君、かなり太ってしまいましたが機械のようなスィングで何と前半36のパープレー。素晴らしい!




夜は、飲み会です。

P1000469a_2



男性陣は、流山在住のS本君。現在は水戸在住で検査通院の為ゴルフを欠席したN尾氏。子供の運動会でゴルフを欠席したO君も駆けつけ10名。女性陣は7名も参加してくれました。7年半ぶりの再会ですが女性陣は全く変わっていなくて驚きの声があがりました。ひょっとすると若さの秘訣は「納豆パワー」ではないでしょうか。



P1000487


時間のたつのも忘れ大いに昔話や近況を語り合い気がついたら4時間。あっという間の夢の時間でした。また、来年も・・を合言葉に解散です。
明日に備え、I氏・M君と私は水戸のビジネスホテル(3980円安い!)に宿泊です。



<face掲載上、画像を少し落としております。参加のみなさんすいません>



2012年9月30日日曜日

民度の違いORお人好し

ゴルフ 日本女子オープン選手権 多くの韓国人と中国人が出ている。昨日、TVで見ていたが、最終組には中国人の「フォン・シャンシャン」。ナイスショットには大きな拍手。しのいだパーセーブにも「ナイスパー」の掛け声。ショットを打つときも一切の音も立てず見事な日本のギャラリー達。

LPGAのホームページには
この日は多くのギャラリーがフォンと木戸の最終組のプレーを見守ったが「日本のツアーなので、当然木戸選手を応援するギャラリーが多かったですが、私がナイスショットをした時も変わらない拍手をいただいてとても嬉しかったです」と日本のギャラリーの温かい声援にも感銘を受けた様子。
との記事が。

これが、中国や韓国で行われていたら、そうはイカないだろう。そもそも日本人選手は危険すぎて出場しないだろうが。

つくづく中国人選手や韓国人選手は幸せ者だ。自国の狂態ぶりがありながらな、日本では普通に生活・プレーできるのだから。

これが、中韓と日本の本当の意味での民度の違いかもしれない。
それとも日本人はお人好しなのか。
それにしても本当に素晴らしいギャラリーだ。

2012年9月29日土曜日

天狗争乱

Photo_2
「義烈千秋天狗党西へ」を読んだので、天狗党に興味をいだき、吉村昭「天狗争乱」もついでに読む。
[E:book]桜田門外の変から4年―守旧派に藩政の実権を握られた水戸尊攘派は農民ら千余名を組織し、筑波山に「天狗勢」を挙兵する。しかし幕府軍の追討を受け、行き場を失った彼らは敬慕する徳川慶喜を頼って京都に上ることを決意。攘夷断行を掲げ、信濃、美濃を粛然と進む天狗勢だが、慶喜に見放された彼らは越前に至って非情な最期を迎える。水戸学に発した尊皇攘夷思想の末路を活写した雄編。

吉村作品は、ドキュメンタリーといった書きぶりで、さほどキャラクターの重視も掘り下げもなく、淡々と天狗党の経緯を描いたものでした。たぶん、この作品を読んでその冷静な目で描かれた「天狗党」の姿を通して、伊東潤作品、これから読む山田風太郎「魔群の通過」を読むべきだっただろう。


Photo




風の陣5 裂心編

5_2
「風の陣5 裂心編」やっと文庫出ました。1-4巻が出て1年9ヶ月。待ってました。4巻までは道嶋嶋足が主人公。そしてやっと鮮麻呂です。
[E:book]称徳帝が没し光仁天皇の御世になって8年、物語の舞台は陸奥に移る。平城の都で働く道嶋嶋足に対し、伊治鮮麻呂は陸奥の地で、蝦夷でありながら国府多賀城の役人として蝦夷の乱の鎮圧にあたっていた。祖国を戦場にしないため、朝廷と蝦夷の共存を目指し腐心してきた鮮麻呂だったが、8世紀半ばに発見された黄金を狙う陸奥守の横暴、背後で牙を剥く朝廷側の無理難題に我慢は限界に達していた。
さらに、蝦夷の地である奥六郡に城を築く計画が着々と進み、また蝦夷を人と思わない帝の勅に、鮮麻呂はもはや戦を防ぐ手立てはないと決起を覚悟する。後事を託すのは胆沢の首長・阿久斗とその息子・阿弖流為(アテルイ)。狙うは陸奥守の首ひとつ。ついにその時はやって来た。
北辺の部族の誇りをかけた闘いが、ここに幕を下ろす。「風の陣」シリーズ、感動の最終巻。『火怨』『炎立つ』へと連なる著者渾身の大河歴史ロマン、堂々完結!



2012年9月24日月曜日

五五五文字の巡礼

Photo「五五五文字の巡礼」を読む。丸善でふと見つけ、買ってしまいました。
[E:book]『魏志倭人伝』を構成する漢字をひとつひとつ徹底的に解読・分解すると、今まで誰も気がつかなかった秘密が立ち上がる。たとえば(至)と(到)の使い分けから、途中経過地と目的地の違いを知ることができる。魏の使節団の倭人国への航海と陸行の足跡を、全く新しい手法で辿った仰天の異色歴史小説。

こじつけっぽい場面もありますが、結構説得力もあり面白かったです。本書は「地理編」でしたが、続きが楽しみです。


2012年9月23日日曜日

秋分の日 22日

きょう22日が秋分の日。1896年以来116年ぶりらしい。そういえば、ずっと23日だった。1979年9月24日以来33年ぶりでもあるらしい。

調べてみた。
春分と秋分の日は、太陽と地球の位置関係で決まる。国立天文台が計算し、前年の2月1日付の官報で正式に確定する。春分の日はこの50年で3月20日と21日を行き来していたが、秋分の日は79年は9月24日で、80年以降はずっと9月23日だった。とのこと。

勉強になりました。





太平洋クラブ 成田コース

Taiheiyonaritah0103

今日は、会社同僚と「太平洋クラブ成田コース」にてプレー。ゲーリープレーヤーの罠に見事にハマりました。とにかくバンカーの高さが・・・。3mくらいのところもあります。そして池とクリークのオンパレード。バンカーでハマリ久しぶりに10打打ってしまいました。
グリーンも前半はアンジュレーションを掴めずで、3パットの連続。9番ロングで6mを沈めてバーディーをとるもスコアは最悪。お陰で開き直ってイップスのドライバーの練習ラウンドとなりました。今日は少し回復傾向が見られ満足です。

気温23-25度。いよいよ秋といった感じです。気持ち良い風が吹いてスコア47:50=97ながら良い一日を過ごしました。

Taiheiyonaritah1301




2012年9月22日土曜日

N顧問 慰労会

今日は、同期5名で久しぶりの飲み会でした。小伝馬町の美味しいお酒が飲める居酒屋での会は、盛り上がりました。同期のN氏 鼻の大きさが自慢でホクロに特徴のある彼は、彗星のごとく執行役に、そしてまた彗星のごとく引退。最年少顧問(51)となった次第です。そんなN氏の慰労を兼ねて4名が駆けつけました。私は少し遅れて参加したのですが、すでにN氏の気分は上々のアゲアゲ、酔っぱらい状態。昔のお互いの武勇伝やら失敗談(ちょっと書けない)、今の会社への有り様など好き勝手に語り、騒いで大いに飲みました。来月下旬には、50名くらい集まる同期会もあります。こんな機会をまた増やしていきたいものです。

2012年9月19日水曜日

常陸国・下総国式内社参拝

本日は、茨城県北西部に鎮座する式内社を中心に幾つか参拝してきた。まずは笠間にある「稲田神社」名神大社、そこから桜川へ向かい「大国玉神社」。この二社は常陸国式内社である。そこからさらに西へ。小山市にある「高椅神社」そして結城市にある「健田須賀神社」。そこから南下して「桑原神社」へ。これら三社は下総国式内社である。さらに南下して「一言主神社」を参拝。最後に流山市にある式内社「茂呂神社」を参拝して松戸・市川経由で自宅へ。
これで、下総国式内社は千葉の匝瑳にある「老尾神社」を残すのみ。近いうちに参拝しておきたい。

くわしい説明は <神社探訪~日本人の心>ブログを御覧ください。

P1000361a
��稲田神社 本殿>
P1000385a
��高椅神社 楼門>
P1000455a
��茂侶神社 両部鳥居>



2012年9月15日土曜日

センカンドカー買い換え

単身赴任用として中古で買った「ウィングロード」も早12年、13万km超。娘も運転するということで、かみさんと初めてダイハツのディーラーに出かけました。軽自動車がいいということで、お目当ては、「ミライース」と「ミラココア」。
値段の点で私は俄然「ミライース」派。しかしミライースは思ったよりも小さく、乗ってみるとさすがに狭すぎました。かみさんと娘(タッグを組んでいる)がお気に入りの「ミラココア」は軽にしては広く天井も高い。でも若い女性がターゲットだけあって可愛すぎ。どっちにするか?
たぶん二人に寄り切られてこれにするでしょう。あさって娘と試乗に出かけます。
車体の色はムースピンクパール(写真)がいいみたいですし、オプションでシートカバーやナンバープレート・ホイールもディズニーヴァージョンになるみたいで、一人でちょっと使う時はさすがに恥ずかしいだろうなと思う今日この頃でした。
Photo




2012年9月9日日曜日

早朝ゴルフ ハーフベスト37

Photo
今日は、残暑の暑さを避けて会社の同僚と「早朝ゴルフ」でした。市原ゴルフクラブ市原コース 5:21 スタート。3時10分起床。家を出たのは4:00。40分で到着です。まだ真っ暗の中、車を走らせながらつくづく物好きだなと思う。

早朝一番でのスタートと思いきや、3組中3組目。そして我々は、2時間弱の7:15にはスルーで折り返さねければいけないというノルマが。(最初の組の前に入るため)

市原ゴルフクラブは、比較的短いコースだがトリッキー。ドライバーイップスの為、スタートからユーティリティーを多用で攻めるしかないと決めていた。

まずは中コース。1番でいきなりのバディー発進。気分よく意気込むものの、やはりドライバーを使うと左へのドロップ。調子はつかめないがまずまずの45でのラウンド。

後半、何とかスルースタートに間に合い西コースへ。アプローチ、パットも好調で3連続パー。4番でボギーを打つも5番ミドルは5mをねじ込んで本日2つ目のバーディー。6番ミドルもアイアンが決まってパー。なんとここまでパープレーです。いつもは、ここで崩れるのがお決まりだ。7番ミドルはボギー。やはり!!しかし8番ショート、9番ロングも見事パーでハーフベストの37!!!。やりました。6パー、1バーディー、2ボギー。早起きは三文の得。自己ベストの更新はならないものの、シーズンベストの82で終了。

そして時間はまだ9時半。気持よくお風呂につかり、11時半に自宅に到着、有意義な日曜日でした。




マウリッツハイス美術展

Photo_2今日は、上野の東京都美術館にて開催されている「マウリッツハイス美術展」に出かけました。来週が最終日なので覚悟していましたが、さすがに人人人。入場するまで1時間かかりました。勿論、来場者の一番の目当ては、オランダの画家・フェルメールのシンボル的存在である「真珠の耳飾りの少女」です。しかし、それだけでなくレンブラント、ヴァン・ダイク、ルーベンスと世界の至宝の数々を堪能できました。

「真珠の耳飾りの少女」以外では、小さな絵でしたがレンブラントの「シメオンの賛歌」が良かったです。レンブラントの光、そして影。うならされました。


Photo_4

帰りにアメ横にて「ハンチング帽」を買って帰りました。ゴルフ用です。




2012年9月8日土曜日

傀儡

Photo坂東眞砂子著「傀儡くぐつ」を読む。[E:book]鎌倉時代、自らの顔の肉を削ぎ、北条氏への呪いの言葉を残して、山中に消えていった武者がいた。九年後、関本宿近くの墓場を通り過ぎた傀儡女は、暗い穴のような瞳を持つ瀕死の女と出会う。傀儡女と一夜を過ごす、鶴岡公暁と名乗る武者。瀕死の女を救った、藍色の目の僧。鎌倉に、そして日本にかけられた「死の呪い」を解く、歴史長篇小説。

傀儡とは、操り人形のこと。人は、何かによって縛られ操られているのか。不安や執着により裏の自分に表の自分が操られている。天皇-将軍、将軍-執権の構図と相まって、そんなことを教えてくれる。





2012年9月2日日曜日

総武カントリークラブ総武コース

Photo
今日は、大学の先輩と「総武カントリークラブ総武コース」にてプレー。やはり名門は入場した時から雰囲気があります。しかし、PGMグループになっていたとは知りませんでした。27ホールありますが、中コース、西コースと廻りました。あいにく、3-6ホールくらいにかけて突然の局地的集中ゲリラ豪雨に見まわれゴルフどころではない状態に。その上、名門はラフがしっかりしています。アプローチでかなり苦戦を強いられました。林間コースでの「ドライバーイップス」は林の餌食ですし、スコアは51:47=98と無残。しかし5打程度は普段のコースよりは難しいだろうなと思います。(言い訳)それにしてもりっぱなコースでした。<高いけど>また、挑戦したいものです。



2012年9月1日土曜日

義烈千秋天狗党西へ

Photo伊藤潤著「義烈千秋天狗党西へ」を読む。先輩のS氏の推薦により単行本2300円。文庫なら3冊買える。

[E:book]一人また一人。開国の波に喘ぐ水戸藩から決起した貧しくも屈強な義士たち。若き首領藤田小四郎、軍師山国兵部、強力の怪僧全海、剣鬼田中愿蔵……。強大な追討軍と血戦を重ねつつ一路京へ――。行く手を阻むは因縁深き彦根藩、豪雪の峠、そして未曾有の悲運。最強にして清貧の義士と謳われた天狗党の、血と涙の行軍のすべて。

ここには知られざる天狗党の有り様が見事に描かれていました。天狗党の決起が、開国による貿易の自由化で壊滅的な打撃を受けた北関東の農家を救うために行われたことがまずもって驚きであった。また、斉昭公以来の尊皇攘夷で知られる水戸藩が、藩を真っ二つにした大規模な内乱を起こしていたことも知りませんでした。
殆ど無名の天狗党の人物を描き、彼らの私利私欲の介在する余地のない、大義に生きた1000kmに及ぶ闘いを見事に再現してくれています。

調べると天狗党には11名も15歳以下の子供もいました。本書に登場する野村丑之助の最期の場面は涙なくしては読めません。享年13歳。辞世の句は『なきがらは程なく土にかわるとも 魂はのこりて皇国を守る』です。


場当たり的な指示で事態を混乱させた幕閣の無策(特に、保身のために天狗党を見捨てる慶喜には、怒りを覚えるかもしれない)が、現代の為政者を彷彿とさせるだけに、最期までぶれることなく「素志」を貫いた小四郎たちは余計に輝いて見えます。天狗党は過激な尊王攘夷を唱えていたが、その目的は幕政改革であり、(田中愿蔵などの少数派を除けば)討幕など考えていなかったのです。ところが攘夷派に対する幕府の方針が迷走したことによって、いつの間にか賊軍にされ、仕方なく、敬愛する徳川斉昭の息子・慶喜に真意を伝えるため京を目指します。慶喜がもっとまともな男であったら天狗党の有り様も随分変わっていたと思われます。無念です。

天狗党の決起は必ずしも成功したとはいえない。しかし、その気高い精神は、時代を超えて深い感動を与えてくれます。

2012年8月25日土曜日

褐色の文豪

Photo佐藤賢一著「褐色の文豪」を読む。[E:book]皇帝ナポレオンのもとで「黒い悪魔」との異名をとったデュマ将軍。褐色の肌を受け継いだその息子、アレクサンドル・デュマ2世は、父親譲りの集中力を武器に、劇作家としての道を歩み始める――。『三銃士』『モンテ・クリスト伯』で、フランス文学界の伝説になった天才作家の天真爛漫で自由闊達な生涯を描く。 

デュマの破天荒な生き方は最高です。天真爛漫で底抜けに楽天的、あらゆる事に好奇心旺盛で屈託がない。悪く言えば自己中心的で破綻した性格なんだが、明るく裏表がないんで憎めない。
また、そのデュマをそばで憎々しくみているユーゴの思いも傑作です。是非、ご一読を。



2012年8月20日月曜日

日御子

Photo_2帚木蓬生著「日御子」を読む。
[E:book]はるか昔、倭国の平和のために海を越え大陸をめざした人々がいた。それは、失われた歴史をつむぐ朝貢の旅。いまにつながる、この国のはじまり。日本人のルーツを壮大なスケールで描く、書き下ろし歴史ロマン小説。

日御子というより、使譯(しえき/通訳)としてのアズミの物語でした。当時の倭の国々の朝貢の歴史を使譯の一族の歴史として紡いでゆきます。一族に伝わる3つの教え「人を裏切らない」「人を恨まず、戦いを挑まない」「良い習慣は才能を超える」と、さらに炎女が自得した「骨休めは仕事と仕事の転換にある」。これを守りながら、使譯の務めを全うする彼らは、充実した人生を送ることになる。血の繋がりの中で伝えられることで人はより成長し、その人間が支える国家も良い方向に成長していくのである。

邪馬台国を筑後川の下流域、現在の福岡県久留米市辺りに設定していま。ただし〈弥摩大国〉と書く。奴国(なこく)は〈那国〉、狗奴(くな)国は〈求奈国〉としていました。 私も九州説ですのでこの書きぶりは大いに賛同しました。
日御子のもっと焦点を当ててもらいたかった気がします。その点が残念です。






2012年8月19日日曜日

英雄の書 上・下

12
宮部みゆき著「英雄の書 上・下」を読み終える・。久しぶりに時間がかかった本でした。やはり自分の感性外の本は進みが遅いですね。ファンタジーものは嫌いではないのですが。

[E:book]森崎友理子は小学五年生。ある日、中学二年生の兄・大樹がクラスメートを殺傷し、姿を消すという衝撃的な事件が起きた。事件から十日ほど経った時、友理子は兄の部屋で不思議な声を聞く。「君のお兄さんは“英雄”に魅入られてしまったのだ」 。本棚の奥の見慣れぬ書物が、友理子にささやいているのだった。書物に導かれ、兄を救い出す旅へ出る友理子。すべての物語が生まれ、回帰してゆく〈無名の地〉と呼ばれる場所で、友理子は、世界の根源というべき、おそるべき光景を目にするーー 。



2012年8月8日水曜日

夏旅行~伊勢・熊野(4) 帰り道

千葉へ戻る道すがら、三河一宮「砥鹿神社」と「豊川稲荷」へ寄り道しました。

そして、お昼ごはんは、匂いに誘われて「うなぎ」。
Img_1219_2
関東のように蒸していませんが、おいしかったです。

往復1300km。かなりハードスケジュールでの今回の夏旅行でした。




2012年8月7日火曜日

夏旅行~伊勢・熊野(3)

今日は、熊野三山を廻ります。まず熊野那智大社そして熊野速玉大社、最後に熊野本宮大社です。

奈良の五條市経由で、かみさんの実家 伊賀上野に夕方までに戻らなければなりません。いざ出発。

��神社詳細は、神社探訪~日本人の心を御覧ください)

Img_1224 熊野那智大社別宮 飛瀧神社のご祭神は、大己貴命(おおなむじのみこと)ですが、ご神体は那智の滝です。こちらには拝殿も本殿もありません。落差133mの日本一の直瀑です。滝の落ち口には注連縄が張られていますが、この注連縄は毎年2回、7月9日と12月27日に神職の手によって張り替えられるそうです。Img_1122

ほんのわずかですが「熊野古道」も歩き、その自然の美しさに身を委ねました。

Img_1220

そして新宮にある「神倉神社」。どうしてもここは参拝したかった神社です。神話時代にさかのぼる古くからの伝承があります。『古事記』『日本書紀』によれば、神倉山は、神武天皇が東征の際に登った天磐盾(あめのいわたて)の山であるというのです。本殿へ至る石段は538段を算し、自然石(花崗岩)を組み合わせて築かれたもので、その上かなりの急勾配で登りながら下をみるとゾッとします。その上、この暑さ。ヒーコラ言いながら登って行きました。



神倉神社は、今から参拝する「熊野速玉大社」の摂社となっています。「熊野速玉大社」は新宮市の街中に鎮座し、唯一階段のない神社でした。社殿は朱で統一されており、艶やかなです。熊野三山それぞれの12の社殿に祀られた神々は熊野十二所権現と呼ばれ、すべて本体は仏や菩薩であると考えられました。熊野速玉大神は薬師如来、熊野結大神は千手観音、家津美御子大神は阿弥陀如来を本地とするされました。



Img_1163

最後に参拝したのは「熊野本宮大社」です。旧社地である「大斎原」(おおゆのはら)には平成12年完成した日本一の大鳥居があります。(高さ33.9m、横42m、鉄筋コンクリート)



Img_1230



熊野本宮大社は、古くは「熊野坐(くまのにます)神社」という名で呼ばれていました。熊野三山の中心で、全国に3000社以上ある熊野神社の総本宮です。大きな八咫烏(やたがらす)の幟が目を引きます。八咫烏は熊野権現の使い。三本足の烏です。日本サッカー協会のシンボルマークでお馴染みですね。




Img_1177



牛王護符、手ぬぐい、勝守りを買って帰りました。